マンドリンの女神に愛された作曲家・武藤理恵さんにインタビュー 【後編】マンドリン曲の作曲、また曲作りとは
「Paradiso」「月に舞う」「コバルトブルーの奇跡~旅立つ君へ~」など、数々の作品を生み出した作曲家・武藤理恵さんの作品のみで構成される初めてのコンサート「オール武藤理恵作品コンサート~マンドリンの女神に愛された作曲家~」が2022年6月5日に開催されます。 インタビューの前編もご覧ください。(以下敬称略)
●作曲にまつわるあれこれ
――作曲する中で大切にされていることはありますか?
武藤 大切にしているというよりも、こうだったらいいなというのは、情景が思い浮かべやすい、わかりやすい曲にしたいということです。そして、1回でも聴いたら、また聴きたいな、1回でも弾いたら、また弾きたいなと思っていただけるような曲だといいなと思います。それが具体的にどうすればいいのかは手探りですけれども、念頭に置いているのはそういうことですね。
他にも、例えばオーケストレーションとして、メインのメロディーではないけれど、サブとして動いているパートにも必ず情景があるというような編成の仕方をしたいと思っています。
――曲作りはどのようにされていらっしゃいますか? メロディーが先に浮かぶのでしょうか、物語やテーマが先でしょうか?
武藤 その時の曲によって違うのですが、メロディーが先に浮かぶよりも、物語や、ストーリーまではいかないけれど場面がパッと頭に浮かぶことがあって、その後にこんなメロディーかなと合わせていく方が多いですね。
今回のコンサートで演奏される曲目でお話しすると、メロディーが先に来た曲が「今宵・SAKURA」ですね。電気を薄暗くした部屋で、別に曲を作ろうと思っていたわけではないのですが、ちょっとその雰囲気に浸りたくてピアノを弾いていたら、「今宵・SAKURA」の出だしのメロディーが思い浮かびました。これはちょっと珍しいケースですね。
「コバルトブルーの奇跡」は後半に入ってテンポが上がってはっきりした感じになりますが、あそこがはじめに思い浮かびました。コバルトブルー色で開けた空とか海、そういう場面をパッと思いついて、後付けで最初の方ができてきたと思います。
「いのちを紡ぐうた」は、気仙沼の方から東日本大震災から10年過ぎたところで曲を作ってくださいというご依頼でしたので、目的がはっきりしていました。
「月に舞う」は出だしのメロディーが先に浮かびました。胸にグッとくるようなものからスタートする曲を作りたいなと思っているうちにストーリーができてきました。かぐや姫のお話に似ているような部分もありますが、自分のオリジナルなところもあって……
「桜舞い散る小径」は、先に(「前編」で)お話しした合唱団の先生が米寿を過ぎて亡くなられたあとに作りました。亡くなられる直前に先生が「桜を見たいな」とおっしゃったので、車で桜並木を見に連れて行ったというお話を家族の方からうかがいました。多分先生自身がもうそろそろ危ないってことをわかっていたのかな、どんな気持ちでその桜をご覧になったのかなという想いが湧き起こり、自然に「桜舞い散る小径」ができあがりました。
曲が完成していく流れは、1曲1曲違います。が、何が先に思い浮かぶということについては、基本的には情景やお話が先にあることが多いです。
――メロディー自体はどのような時に思い浮かびますか?
武藤 場所はどこでもいいですね。ただ、たとえ静かな部屋でも誰かがいる状況ではなくて1人の時がいいですね。お風呂に入っている時、買い物でちょっと道を歩いている時、家で1人静かにしている時に思い浮かべることが多いと思います。
――今回のコンサートで初演となる「Masquerade」についてお聞かせください。
武藤 これから初演ということであまり細かには申し上げられませんが、少しだけ……。
この「Masquerade」はオペラの1幕のフィナーレのイメージです。まだお話は続くけれども、大体、幕のフィナーレにはそれまでソロで出ていた人たちが集まって、コーラスと一緒に盛り上がる。そういった場面を切り取りました。
みなさんご存知の通り、「Masquerade」は仮面舞踏会のことですね。外国の貴族の仮面舞踏会のイメージです。口にするマスクではなく、目を隠すマスクをつけ、その日ばかりは多少の上下関係も気にせず、楽しくお話ができるパーティーです。ただし、この曲は、そういう華やかで楽しい情景ではなく、マスクの裏に隠された人間の汚い欲望、妬み嫉みなどが、全面的に表れている曲です。 着飾った人々が、あちらでは楽しく踊り、こちらではお酒を酌み交わしている。ところが、カメラをフォーカスしてみると、女性同士がワインを引っ掛け合ったり罵り合ったり、男性同士がいがみ合って胸ぐらをつかんでいる。傍らには、それを見て面白がっている人がいる。そのようなイメージでこの曲を聴いていただくと、面白さが出てくるのではないかと思います。
――最後に、武藤理恵作品を愛する全国のファンに向けてメッセージをお願いします。
武藤 皆さまのそれぞれのきっかけやご縁で、私の作品を聴いて、演奏していただいていると思います。私の曲は情景がわかりやすいと言われますが、先ほどもお話ししたように、情景を思い浮かべながら楽しく作曲をしています。それぞれ、主人公であるメロディーだけではなく、主人公に対してどう思っている人物(パート)なのかなという気持ちで、楽しんで聴き、また弾いていただければと思います。さらに、人物だけでなく、風景についても、例えば桜の風景だったら桜だけでなく、その道の傍らに流れている小川が今自分が弾いているパートかもしれないな、という風に、イメージを膨らませながら私の作品を楽しんでいただけたら嬉しいです。